パリの街は色とりどりのイルミネーションが輝いていて、街ゆく人々も鮮やかな衣装を身にまとっている人、大きなプレゼントを抱えている人が彩りを添えていました。南東部一帯であるカルティエラタンも、いつもは芸術家や学生であふれていましたが、今夜は所狭しと軒を並べているカフェの中から、にぎやかな声が聞こえてきます。
その片隅、石造りのアパートの屋根裏部屋で、詩人のロドルフォと、画家のマルチェルロは寒さのあまりふるえていました。
「なにか燃やすものはないのか?」
「あったらとっくに燃やしているよ。まきも、炭もすべて底をついているよ」
「あーなんてこった。外はクリスマスイブでこんなに賑やかだと言うのに」
屋根裏部屋には、他にも音楽家のショナール、哲学者のコリーネの4人で住んでいましたが、まだまだ売れない芸術家たちだったので、とても貧しかったのです。
「こうなったら、夢を燃え上がらせようじゃないか!」ロドルフォは言いました。
「夢って、もしかして。。」マルチェルロは自分の描きかけの絵をみて心配そうに言います。
「油絵なんて燃やしたら臭くてたまらない。こいつを燃やすのさ」
ロドルフォはそういいながら、自分の書き上げた戯曲の原稿を取り出しました。
「世の中にとっては大変な損害になるがな」
ストーブに入れられた原稿は鮮やかな光を放ちながら燃えていきます。二人は明るく燃えていく原稿の束をまるで本当に戯曲を聞くようにうっとりと眺めていました。
半分投げやりになりながらロドルフォは原稿を次々とストーブの中へと入れていきました。
そこへ哲学者コリーネも帰ってきて、火が燃えているのに驚きましたが、一緒にストーブの周りへ腰掛けました。
一瞬、火の勢いが増し、薄暗かった部屋がぱっと明るくなりました。
「今、この弱々しい青い炎の中、燃えるような恋の場面が繰り広げられているんだ」ロドルフォは言いました。
部屋のドアが開き、盛大な笑い声と共に、ショナールが帰ってきました。それもたくさんの飲み物や食べ物を抱えて!
「どうしたんだ、いったい」
「ははは、一仕事終えてきたんだよ。その仕事というのはな」
ショナールは興奮冷めやらぬ、と言った感じで、大げさなジェスチャーを加えながらしゃべりはじめました。
「ある英国紳士から頼まれたんだよ。オウムに音楽を聴かせてやれ、と。オウムが死ぬまで演奏し続けろと言われた。そこでおれは三日三晩弾きつづけたよ。そして3日目の夜」
「どうしたんだい?」
「そのオウムにパセリを食わせたのさ。オウムの奴、おいしそうに食べて。。。御陀仏さ」
事も無げに言うショナールでしたが、3人はすっかり目の前のごちそうやワインに気を取られて心を奪われて、満足な相づちを打つのも忘れていました。
「なんて奴らだ!外では楽しそうにみな女性たちと過ごしているというのに。よし、乾杯だけして食事はカルティエラタンに繰り出すとしようじゃないか」
久しぶりのワインを堪能している所へ、ドアをノックする音が聞こえました。
「こんにちは、みなさん。家主のベノアですが」
「やばい!」四人は危うくグラスを落としそうになりました。
「あの、家賃がだいぶたまっておりますので、払っていただけないかと。。。」
「どうする?」
「居留守を使え」
「よし、俺に良い案がある」とマルチェルロは言い、ドアを開けました。
おずおずと入ってきたベノアに皆いすを差し出したり、ワインを差し出したりして存分におだて始めました。
「かまわないで下さいよ。それより3ヶ月分の家賃が・・・」
「そんなことよりベノアさん、この間マビユでお楽しみだったようでしたよ。やるじゃないですか!」マルチェルロはベノアの肩をたたきながら言いました。
「え、いや、偶然なんですよ」しどろもどろになりながらベノアは答えました。
「すごい美人だったじゃないですか」
「え、まあね。へへへ」
だいぶ酔いが回ってきたベノアは調子の良い調子で答えました。
「なんてこった。うらやましい」みな口々に言って、ベノアをあおっていきます。
「私は若い頃おとなしかったから、今になって埋め合わせをしてるんですよ。陽気な子が好みでねえ。ちょっと太った、でも満月のような顔はごめんですよ。適当にやせている、というのが一番だめでねえ。やっかいで気苦労が多くていけません。特にうちの女房のような・・・」
「なんだって!妻がいるのに、この男はみだらな奴だ!」
マルチェルロが憤慨したように立ち上がり、他の3人もまねておおげさにたち振る舞います。
「恐ろしい奴だ」
「こんな奴部屋に入れるな!」
「私は、その・・・」
「黙れ!」
「追い出せ」
「黙ってでていけ。それではおやすみなさいませ、旦那様」
アハハと笑いながら4人はベノアを追い出すことに成功しました。
「さあ、カフェモミュスに出かけよう!」
ロドルフォは締め切り前の原稿が数行残っていたため、一人で残ることにしました。5分だけ待ってやる、と仲間たちはアパートの入り口で待つことにしました。
一人で仕事に取りかかったロドルフォでしたが、にぎやかな街を思うとなかなかはかどりません。少しイライラしながら机に向かっているとコンコン、とドアをノックする音がしました。
(誰か迎えに来たのかな)と思いながらドアを開けるとそこにはとても美しい女性が立っていました。
辺りはとても暗かったのですが、それでもハッとするような美しさで、しかしながら顔は青ざめていました。
「すみませんが、ろうそくの火を頂けませんか?」女性は言いました。
「構いませんが、どうぞ中へ」ロドルフォは部屋の中へ招き入れました。
女性は落ち着かない風で、すぐにでも帰ろうとしていましたが、少し苦しそうに咳をして、その場に座り込みました。
あやうく支えながらロドルフォは、
「大丈夫ですか?」と尋ねました。
「ええ、階段を急いできたものですから。でも大丈夫」
女性は恥ずかしそうに、「それでは」とドアを開けてでていきました。
「あら、まあなんてことでしょう、鍵がないわ」
「どうしました?」
「すみません、部屋の鍵を落としてしまったようなんです。本当に迷惑な隣人ですね」と言った女性をロドルフォは再び招き入れました。
階段に吹き込んだ風のせいで、せっかく付けたろうそくの火も消えていました。
「こちらへきて探しましょう」
とロドルフォは言いました。すきま風は彼の手にあったろうそくの火も消してしまいました。
部屋の中は窓から差し込む月明かり以外は暗闇になりました。静まり返った暗闇の中、二人は床に跪きながら手探りで鍵を探し始めました。
「あっ」ロドルフォが短く声を上げました。
「見つかったのですか?」
「あ、いいえ」あわてて答えると手にふれた小さな鍵をそっと、ポケットに入れました。
なおも探し続ける女性の元へロドルフォは探すふりをしてそっと近づき、手を重ねました。
ハッとする二人。
女性の手はとても冷たくてか細かったのです。
「なんて冷たい手なんでしょう」ロドルフォは言いました。
「私に暖めさせていただけませんか?こんな月の光だけの暗闇じゃあ、鍵はみつかりっこありません。しばらく待っていただけませんか?私のことをお話しする間・・・」
ミミは黙っていました。
「私は詩人です。いろいろ書いてるんですよ。貧しいけど、楽しい生活の中で、私は王侯貴族のようにもなれる。夢と空想の描くお城の中で、私は億万長者の気持ちにだってなれる。
時々、私の二人の泥棒、つまり美しい目が、私の中の宝石を盗んでいく。
いまもあなたと入ってきた、そのときに私の夢や希望はすっかりあなたに奪われてしまった。でも悲しくないんですよ、なぜなら、あなたのおかげでここがとびっきり希望の住処となったからです!」
ロドルフォは語りました。
「あなたのことも教えていただけますか?」ロドルフォは女性を見つめました。
少しためらいがちに女性は語り始めました。
「私はルチアといいます。でもみんなはミミと呼ぶの。なぜだかわからないけど。
私は家で刺繍をしているんです。薔薇や百合を縫っているとととても幸せな気分になれます。
空想したり夢を描いたりして、それは詩なんですけど、そういうことが好きなんです。」
ミミは続けます。
「毎日一人で食事をします。寂しいけど、雪解け後の最初の太陽の光は私のものよ。四月になれば、私の育てている薔薇や花々はつぼみを開いて、とても良い香りを運んでくるでしょう。。
ああ、私が自分のことをこんなにしゃべるなんて、もうないかもしれないわ」
一気にしゃべって、ミミはほっと息をつきました。
「おーい、なにをしている。遅いぞ。一人でなにやってるんだ」
階段の下からコリーネの声が聞こえました。
「一人じゃないんだ。二人なんだ。すぐに行くから先にモミュスにいって席を取っていてくれないか」
ロドルフォは言いました。
察しのよい仲間たちは、ロドルフォに何か良いことが起こったのだ、とわかりました。
「うるわしい乙女。私がいつも夢見ている夢があなたであることがわかったよ」
ロドルフォはミミと向かい合いながらいいました。そして軽い口づけをしました。
「あの、お仲間が待ってるんじゃありません?私・・・」
「なんだい?言ってごらん」
「私もご一緒させてもらってもいいかしら?」ミミはささやくように言いました。
「もちろんだとも。愛してるよ」
「私も。」
二人は、腕を組みながら仲間の待つカルティエラタンへ行くのでした。