市場へ物を売りに来る農民たちが、門の開くのを待っています。
ここはパリの少し郊外で、夜はまだ明けていません。寒さの厳しい中、門兵は、かじかんだ手を暖めようと白い息を吹きかけていました。
近くにあるバーからは女性たちのにぎやかな笑い声が聞こえてきます。
「門兵さん、あけてくれよ、俺たちはそうじ夫だ」
「わかった。今行くよ」門兵たちは、あくびをしながら門を開けます。
時を知らせる鐘が鳴り響きました。
「もう牛乳屋の来る時間だ」
牛乳売りの女性たちは、重い荷物を荷車に乗せてゆっくりと門をくぐって来ました。
「おはよう。今日はバターとチーズと、卵です。あんたたちはどこに行くの?またお昼にあえるわね。それじゃあ」
互いに挨拶をしながらそれぞれ市場へと向かっていきました。
しばらくすると、陰からミミがやってきました。プラタナスの木のところまでやってくると、激しく咳をしました。しばらく木に支えられるようにたたずんでいましたが、落ち着くと、門兵に声をかけました。
「すみません、この辺に画家のやっているバーがあると思うのですが」
「そこだよ」
門兵は先ほどから美しい歌声や笑い声が聞こえていたバーを指さしました。
ミミがそのお店へと近づくと、店の中からちょうどマルチェルロが現れました。
「ミミ!いったいどうしたんだい!」マルチェルロは驚きました。
「ここなら会えると思って。」
「ああ、僕らはひと月前からあそこでやっかいになってるんだ。ムゼッタは客たちに歌を教えている。僕は店の壁へ絵を描いたりしてるんだ。
寒いよ、中へお入り」マルチェルロは促しましたが、ミミは拒みました。
「私を助けて、マルチェルロ。ロドルフォは嫉妬の嵐なの。一輪の花にほほえみかけても嫉妬するのよ。夢で私がなにを見てるか夜中に探っているの。そしてどなるの。私は疲れ切ってしまったわ。私はどうしたらいいの?」
「そこまでなってしまったら、ふつうは一緒には暮らせないね」マルチェルロは言いました。
「そうなの、私も別れるべきだとは思ってるの。でも、どうしてもできないの。」
「わかった。今、奴は店にいるよ。夜明け前に来てね。カウンターで寝ているんだ。起こしてみるよ」
店では、ロドルフォが目覚め、マルチェルロを探しているようでした。
「まずい、ここで面倒を起こされては困るんだ。いいからミミはお帰り」
マルチェルロはミミを帰るように言って、店の方の様子をうかがいました。ミミはプラタナスの木陰に隠れました。
ロドルフォが店から出てきました。
「俺はあいつと別れるよ。」
「そんなにコロコロと気が変わるもんか」マルチェルロは言いました。
「彼女に出会って俺の死んでしまっていた心は甦った。でも今はもううんざりなんだ。あいつはひどい浮気性でね。金持ちの男が彼女に色目を使ってくる。すると彼女はスカートを翻してさも脈のありそうなそぶりをするんだよ」
ロドルフォは吐き出すように言いました。
「俺はおまえが本当のことを言ってるとは思えないな」マルチェルロは言いました。
「ああ、そうなんだ。隠せないな。本当は俺はミミを愛している。この世のすべてのものにましてだ。でも心配なんだ。彼女は病気なんだ。それも日増しにどんどん弱っていく。彼女はもうだめなんだよ」
「ミミが?」マルチェルロは驚きました。
そして、木陰で聞いていたミミも、自分の病気がそんなにひどいことを初めて知り、(自分は死んでしまうの?)と驚きを隠せませんでした。
「俺の部屋は、吹きっさらしで火も満足にない。彼女は朗らかに歌うが、俺が彼女を殺してしまうようなものなんだよ。」
ロドルフォは苦しそうに言いました。
「それじゃあどうするんだい?」
「ミミは温室の花だ。貧しさの中では枯れてしまう。愛だけでは不十分なんだよ!」
ミミはすすり泣き、咳き込みました。
「ミミ!なんでそんなところにいるんだ!俺が言うことを聞いてしまったのか・・」
マルチェルロも驚き、なんてかわいそうなことをしてしまったのだろう、と悔やみました。
バーの中からムゼッタの笑い声が聞こえ、マルチェルロは男性の客と仲良く歌っているのをみて「あの浮気女め!」と言いながらあわてて店の中へ入って行きました。
「さようなら」ミミは言いました。
「なんだって!行ってしまうのか!」
「ええ、私は一人で自分の巣に帰ります。引き出しの中に、金の腕輪とお祈りの本が置いたままだけど、誰かに取りに行かせるから、まとめておいてね。
そして、枕の下に、薔薇色のボンネットがあるわ。それは私たちの愛の想い出にとっておいて欲しいの。
さようなら。恨みっこなしね」
「本当に行ってしまうんだね。僕の愛しい人。愛の夢はもう終わったんだね・・・」
店の中からムゼッタとマルチェルロが言い争いながらでてきました。
「なんだい、なにをしていたんだ、あの紳士と。」
「なにが言いたいのよ!」
「俺が来たときおまえの顔色が変わったじゃないか!」
「ええ、ただ『お嬢さん、一緒にダンスをしましょう』と言われただけよ」
「この浮気女め、うぬぼれるな!」
「私はただ答えただけよ『昼も夜も踊りたいだけよ』って」
「その言葉には変な意味が込められてるんだろ!」
「なによ、別に私たちは教会で式を挙げたわけじゃないのよ!亭主面しないでよ
私は自分の思うとおりにしたいの。思うとおりに恋をしたいのよ!」
「ごきげんよう!」二人は言いながら、ムゼッタはどこか知らないところへ、マルチェルロは店へと去っていきました。
ミミとロドルフォは、今までの想い出を語りながら、冬に別れるのはあまりにも寂しいので、春の暖かな日差しのもと、小鳥たちのさえずりを聞きながら別れることにしました。